復職のハードルが高い【うつ休職記録(3ヶ月目 第3週)】

うつ病休職記録

休職期間も3ヶ月目になると、心身が落ち着いてくる反面、いろいろ余計なことまで考えてしまいますよね。

私もこの時期、実家の問題が一段落したことで、復職に向けての焦りや迷いなど、想いが一気に噴き出してきてました。 

この記事では、休職3ヶ月目 第3週での出来事をとおして、さまざまな気づきを探っていきます。

当時記録していた日記も書き起こしてますので、よろしければ参照してください。

かじちゃん
かじちゃん

私の体験を読んでみて、心が疲れそうになっている方、疲れてしまった方、つらい思いをされている方の心が少しでも軽くなりそうなヒントが見つかれば嬉しいです


この週に考えたこと/行動したこと

・復職すべきかどうか迷走し、保健師に相談
・会社関係者と面談
・疑似通勤を開始

2/17(月) 仕事復帰への焦りと迷い

考え込む人

■当時の日記を読んで感じたこと

先週、実家の問題が一段落したことで、自分自身の事に目を向け始めています。

休職3ヶ月目となり、心身が落ち着いてきたことで、いろいろな事を考えるようになり、復職に向けて焦りや迷いなど、想いが一気に噴き出してきた感じです。

ただ、このまま復帰しても恐らく再発するんだろうなという漠然とした不安があり、それも含めて翌日に保健師へ相談しています。 

当時の日記

8:30~8:30 自宅にて記録

積雪などの影響で自宅で日記記載する事が多くなった

最近凹み気味
夜中に起きることも多くなった
その後うつらうつらとするだけで、深い眠りにつけない(そういう気がしているだけ?)

実家の事、大きいのは会社復帰の事
3月から復帰としているが、具体的なことは何も考えていない
焦る

大体復帰して良いものか?
ただ、これ以上休んでいたら妻にも負担かけるだろうし…(というように他人の心配を…余計なことかも 自分の心配しろ!)

自分はどうしたいのか?
農業やりたいのか?本当にやりたいのか?現実から逃げてるだけでは?
とりあえず復帰してみる?居心地悪かったら考えてみればよい?

どうなるのか不安
たぶん今までのように、のほほんとはしていられない(逆かもしれないが)

カウンセラーも言っていたが、俺は考えすぎる嫌いがある
行動してみて、言葉にしてみてどうなるかをやらずに、ただ心配してばかり
気が回るといえばそうだが、ウジウジしてるだけ
それで自分を追い込んでしまう

明日保健師と会話する
先延ばしするか?3月から復帰伝えるか?あと2週間

今まで何してきた
ウォーキング、行動記録、他人の心配(親、友人)
自分はどうだ?3月復帰のためにやってきた
年度末/始めのためいろいろあるだろう、忙しいだろう、障壁多いだろう
どうだやれるか?自問自答してみる

ふんぎりがつかない
正直にこの気持ちを言うか?
話が出たらそうする

弱いな俺!(こういうふうに責めるのは良くないのか?)

本日ここまで

2/18(火) 保健師と腹を割って会話

ハードル

■当時の日記を読んで感じたこと

私にその意思さえあれば簡単に復職できるものと考えていましたが、それは甘い考えだったことを痛感しました。

休職という選択をした以上、「復職についての条件をクリアできているか」という部分を会社が重視するのは当然と言えば当然の事でした。

復職プログラムの内容は、会社によって違いがあるかもしれませんが、このあたりの要点は同じかと思われます。

当時の私にとって、この「復職の条件」というハードルが非常に高く思えて、このままでは復職できないのではないかと考え、愕然としたのを覚えています。

復職の条件(日記から抜き出し)
  • 会社としては「復職」そのものが重要なのではなく復職後も健康を損なうことなく働けるか見極めるのが重要課題
  • よって、復職宣言時の本人確認で「やっていけると思う」とか「なんとか」というレベルではダメ
  • 自信を持って「確実にやっていける」と宣言出来るレベルにまでになっていることが重要。
  • そのためには、不調になった理由を自身で良く理解し、その対処までも明確なビジョンとして持っていなければならない
当時の日記

22:45~23:00 自宅にて記録

本日AM免許更新
PM保健師と面談、歯医者などあり日記記録の時間がなかなかとれず

保健師面談にて、復帰についてふんぎりがつかない気持ちを伝えた
また、スーツ着用の違和感や、電車に乗って会社所在地の駅に下車する際の圧迫感、焦燥感がある旨を伝えたところ、現状では復帰可能と判断できるレベルではないとの通告あり

会社としては「復帰」そのものが目的なのではなく、復帰後も健康を害することなく働けるようにするのが目的だとの事
すなわち、復帰宣言時に「やっていけると思う」とか「なんとか」というレベルではダメ
自信を持って確実にやっていけると宣言出来るレベルまでになっていることが重要
また、不調になった理由を自身で良く理解し、その対処までを明確なビジョンとして持っていなければならない

復帰後は6カ月間程をかけて、徐々に仕事量も増やしていく
30%→半年後100%になったときに耐えられる体力、精神力を持っていなければならない

まずは通常の通勤(時間、服装、電車乗車、雰囲気)に慣れること
復帰までにこれが出来ていること

<ヤル事>
①通勤訓練
②業務に関連した本などを読んで負荷をかけ、思考が上滑りしていないか確認
③同期や先輩に逢って会話
④不調の原因を考えて対処を検討、具体策を練る
*④の原因は保健師には伝達済み、ここを疎かにしていると復帰してもダメになる

帰宅後、妻とも会話し、自身の性格や思っている事を吐露した
妻の意見も聴くことができて本日は有意義だった

明日、上司と逢うのが嫌だが…

本日ここまで

2/19(水) 会社面談前の憂鬱

面談

■当時の日記を読んで感じたこと

この時期での会社関係者との面談は、休職開始時にあらかじめ決められていた事でした。

休職前の段階では3月初めからの復帰を想定していたため、このタイミングでの復帰可否を関係者全員で確認するという意味だったかと思います。

面談結果の内容は翌日の日記に詳しく記載していますが、久々の出社という事で、とても緊張していた様子です。

ずいぶん情けない顔をしていたようで、妻にずいぶん心配されてしまいましたが、この面談で、「休養期間」から「復職への準備期間」にフェーズが移行したことをはっきりと意識しました。

当時の日記

11:10~11:25 喫茶店にて記録

本日14:00から、会社で面談予定
朝のウォーキング時から少々気が重い
上司や総務の人間と顔会わすのが怖い
責められることはないのだろうか
重圧を感じる

フロアには知人が大勢居る
顔を会わすことになるだろう
なぜ嫌なのか?気を遣われるのが嫌?期待されるのが嫌?判ってもらえないのが嫌?

正直嫌だ
が、身体的には不具合は出ていない
妻も、昨日より不安そうな顔をしていないと言っていた
昨日はよほど情けない表情をしていたんだろう
妻曰く、眉毛が八の字だったらしい

かじちゃん
かじちゃん

眉毛が八の字 こんな表情

当時の日記つづき)

心配かけてしまった
申し訳ない
今日も気遣っていたようだ
自分も体調悪く大変なのに有難う

ウォーキング時に思った
この街が好きだ
妻が好きだ
住居も好きだ
失いたくはない
妻に心配かけてばかり…

スーツ着て何か楽しい事すれば良いのでは?と妻から助言があった
そうしてみようと思う
畑仕事をするわけにはいかないが…慣れが必要か

12月から休業して、身体/精神の危機的な状況は脱したと実感している
実家も良い方向に向いているように思う
これからは会社への復帰に向けて邁進していく

保健師も言っていたが、課長職である以上は復帰してからキツイ状況が予想される
いきなり100%を求められることはないらしいが、甘く見ないほうが良いと思う
再発してはどうしようもない

復帰のタイミングは自分で決めるしかないが、「試しに復帰」は無い
「見込み」もダメ
絶対大丈夫だというところまで持っていかないと
それには自分の恥部や情けない部分をさらけ出してまでも対策を練らなければ
ここが一番大事

しかし人間関係はツライ
割り切って考えられるようにならないと

暫く自問自答が続くと思う
正直しんどい
でもやるしかない

本日ここまで

2/20(木) 休養→復帰準備へ移行

電車のホーム

■当時の日記を読んで感じたこと

昨日の会社面談で、これまでの休養内容と、今後どうしていくかについて協議してます。

その結果、今後は休養期間→復帰準備期間へ移行し、復帰後を想定しての起床、ルーティン、服装、装備を試行することにしました。

「疑似通勤」については、自身で考えて始めてみたものですが、今から考えると少し空回り気味の行動だったようです。

カウンセラーと良く相談してから決めれば良かったのかもしれません。

のちに、カウンセラーからは「準備のための準備なので不要」と一蹴されてしまいます。

補足情報

自宅と会社の通勤について
自宅(徒歩25分)最寄り駅 ー T駅 ー H駅 ー 会社の最寄り駅

当時の日記

9:40~10:00 自宅にて記録

昨日、会社で面談実施
メンバーは、産業医、保健師、総務、上司
休職から現在までの状況と、現在の体調、実施してきたこと、これからやろうとしていることを伝えた

総務から、復職プログラムについて説明あり
昨日、保健師から説明のあったとおり、「やれる」という自信が出来ていないと、復帰は認可できないとの事

とにかく焦ることなく、フルタイムで働ける状態までもっていく

これまでは休養メインでやってきた
嫌なことは出来るだけ避けて楽しいことのみをやってきたが、これからは徐々にストレスをかけて慣らしていく
ストレスのかけ具合や、やり方についてはカウンセラーに相談してみる

今日は復帰後を想定しての起床、ルーティン、服装、装備
これらを時間を意識して準備し、会社最寄り駅まで疑似通勤してみた(妻には弁当まで準備してもらった。感謝)

電車内は空いていた事もあり、圧迫感は無かった
会社最寄り駅からとんぼ返りしてT駅で下車
徒歩で帰宅、約1時間
ゆっくり歩いたので、恐らく距離は4~5km程度と推定

妻からの提案
1週間T駅、次週H駅、次々週は会社最寄り駅と、徐々に下車駅を延ばしていき、数時間そこで過ごす
その後は、徒歩で帰れるようならそうする
服装も日中はスーツで過ごす(農園は別、TPOに応じて)
昼食は弁当
とにかく疑似で心身を慣らす

上司曰く、勤務地は考慮するとの事だった
上司は常勤していない場所なので良いかもしれない

本日ここまで

2/21(金) 疑似通勤を開始

通勤

■当時の日記を読んで感じたこと

数か月ぶりに、スーツを着て電車に乗る、昼食は妻の手作り弁当...というルーティンをやってみて、思ったほど苦ではなかったと記憶してます。

この時点では、こういう行動への新鮮さ、目新しさもあり、気分がいくぶん高揚していたように思います。

疑似通勤については、あまり意味のない行動ということで後々やめる事になるのですが、自分で何か考えてそれを実践したのは、前進だったのだろうと考えます。

当時の日記

8:50~9:10 T駅ファストフード店にて記録

本日、通勤訓練2日目
起床時に妻が弁当作りや朝食支度などの勘がだいぶ戻ってきたと嬉しそうだった

俺も着替えや出発までのルーティンを確認しながら、次第に勘を取り戻しつつある
あの時間の電車に乗っていたとか、どの車両に乗れば有利かというところまでもっていきたい

T駅で書店立ち寄り
「会社を…」というようなタイトルだったと思う
¥1,000だったので購入しようかと思ったが、この手の本は読みだすとキリがないので、図書館で見つけてみるとする

電車乗車、通勤 今のところ疑似だからかもしれないが、それほど苦でもない

本日ここまで

まとめ(3ヶ月目 第3週)

いかがだったでしょうか。

かじちゃん
かじちゃん

参考になった部分があれば幸いです

この記事では、休職3ヶ月目 第3週での出来事について、日記を通して俯瞰し、さまざまな気づきを探ってみました。

  • 2/17(月) 仕事復帰への焦りと迷い
  • 2/18(火) 保健師と腹を割って会話
  • 2/19(水) 会社面談前の憂鬱
  • 2/20(木) 休養→復帰準備へ移行
  • 2/21(金) 疑似通勤を開始

次回、3ヶ月目 第4週の記事も参照してみてください。

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